第74章 結婚して長いのにな、彼女の好物すら知らなかったとはね

会議室は、しんと静まり返っていた。

中野航平はわずかに顔を横へそらし、頬がうっすら赤く染まっている。瞳の色が揺れて、揺れて――最後に浮かんだのは、どうしようもない諦めの気配だった。凶悪なくらいの目つきで睨みつけてくる長谷川栞を、ただ見返す。

彼女の唇には、さっき自分の唇から移った血が、まだ細く残っていた。

航平は首を傾け、右頬を差し出す。

「……機嫌直したら、俺と帰ろ?」

栞が反射的に手を振り上げた、その瞬間。

航平はぐっと彼女を抱きしめた。

数日会えなかっただけなのに、骨の奥が疼くみたいに、会いたかった。

栞の身体が一瞬だけ強張り、すぐに暴れる。けれど、もがけばもがくほど、...

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